
さいきん小学校の保護者の集まりがあった。
ちょっと早めに行ったので、それが始まるまで時間があったが、そのあいだ控室で保護者同志で過ごさなければいけなかった。
そこで驚いたことがある。
保護者達が、みな「自由」だったことだ。
黙って渡されたプリントを見ている人、スマホをずっと触っている人、スケジュール帳になにか書いているキャリアウーマン風の人。
その場にいる保護者が、おのおの、好きに時間をつぶしていた。(ちなみに、私はというと、隣の保護者様と軽く雑談していた)
私はその空気を新鮮だなぁ・・・と思って眺めてしまった。
娘たちが幼稚園に通っていた頃、そこで行われた保護者会はまた違う感じのものだった。
入園式の当日から「ママ友を作らなきゃ」「何か話さなきゃ」「情報交換するツール(ママ友)をキープしなきゃ!」という意識を皆が持っていたように思う。
そして私もそうだった。
「私が孤立したら、娘も孤立する」当時は、なぜか、そう思ってしまったものだった。
そんな事を思ってしまった私は、子どもが仲良くなったお友達がいれば、お友達のママにそく挨拶。
コミュ力が低い私なりに、会話を繋げるという努力を行っていた。
子連れ社交界の始まりである。
社交界マダムスの会はまず、幼稚園のお迎えから始まる。(人によっては幼稚園に連れて行ったその時から)
「迎えに来ました~」と幼稚園の門をくぐり、子供たちが保育室から出てくるのを待つ間、近くにいるママとご挨拶をする。
まずは天気の話だ。参観日や生活発表会など、行事が近ければ行事の話をする。
周囲では、もうグループが出来ており「この後公園いく~?」「この後はピアノ~」という声も聞こえる。仲良し度がアップしたら出来る会話である。
幼稚園帰りの公園は、羊の群れのごとく、ママ友の群れが公園の隅っこにいくつも出来ていた。
私もその群れに入ったりする事もあった。
当時はそれなりに頑張ったが、幼稚園の「ママ友」付き合いは、なんだかんだ疲れる時間だった。
私の「ママ友付き合い頑張った度」と、子供の「人間関係豊か度」が比例した訳でもなかった。
いろんなママさんと話をしたが、深く狭い派の長女の人間関係はまったく広がらなかったし、次女は私のママ友云々関係なしに、勝手に色んな所でお友達を作ってくる。
子ども達の人間関係は、母次第ではなく、本人次第だったのだ。
あの時人間関係を頑張った時間はなんだったんだろう・・・と思う事すらある。
そんな幼稚園時代の保護者付き合いを経験した私だったが
今回の小学校の保護者会では、「誰かと話さないと」という雰囲気が、皆、さらさら無かった。
そして、私も昔のように「誰かと仲良くならなきゃ」とも思わなかった。
きっと、みんな同じなんだろうな、と思った。
「仲良くなりたい」と思いながら、人間関係生きていると、疲れてしまうのかもしれない。普通の人間関係も、ママ友も。
うちの子供は、小学校2年生と4年生。
「ママ友」を求めあう(?)時代は、もう卒業してもいいのかもしれない。
